SPページの永原レキの写真

Special Interview PENアサヒスタイルフリー<生>

藍染プロデューサー永原 レキLEKI NAGAHARA

Vol.2

藍染プロデューサーの永原レキさんが驚いた、
「アサヒ スタイルフリー<生>」の爽やかな飲み心地。

スマートに生きる人たちを糖質ゼロ(※)で応援する「アサヒ スタイルフリー<生>」。
今年さらに麦の味わいがアップした同商品を、生きかたにこだわるスマートな3人のクリエイターが試飲し、
印象を語ります。第2回目に登場するのは、藍染プロデューサーでサーファーの永原レキさんです。

健康意識が高く、身体にも生活にも無駄を感じさせないスマートな人々に支持されている「アサヒ スタイルフリー<生>」。糖質ゼロ(※)を維持したまま、今年はさらに麦の使用量をアップすることに成功しました。

14歳からサーフィンを始め、さまざまなプロジェクトのために奔走する現在も「隙あらば波に乗ってます(笑)」という藍染プロデューサーの永原レキさん。故郷・徳島の伝統文化である藍染「阿波藍(あわあい)」によって、行政や医療、メディア、音楽、アパレルといった異業種をつなぎ、日本の魅力を広く海外へと伝えていこうとしている永原さんに、「アサヒ スタイルフリー<生>」を飲んでもらい、その活動への想いを語っていただきました。

※食品表示基準による

永原レキの写真
海陽町にあるin Between Bluesの藍染工房。目の前には穏やかな海と抜けるような青空が広がり、染料に浸した布も、永原さんの手も、すべてが藍色に染まっています。

空と海と藍……、
故郷・徳島の魅力を世界へ。

天然藍の乾燥葉を発酵させてつくられる蒅(すくも)をもとに、灰汁(あく)や貝灰など自然のものを中心につくった染料で布を染め上げる日本の伝統的な藍染を「天然藍灰汁発酵建て」と呼びます。なかでも徳島県吉野川流域は日本一の蒅の産地として知られ、いまでも藍師という職人によってその文化が継承されています。この地域でできる蒅は「阿波藍」と呼ばれ、日本各地の藍文化の染料供給を支えてきました。

永原さんが阿波藍に強く興味を惹かれたのは、26歳の頃。東京、アメリカ、オーストラリアでの暮らしを通して、サーフカルチャーの「人をつなぐ力」や、音楽がもつ「社会課題を解決へと導く力」を実感し、オーストラリアで出合った言葉“Think Global, Act Local”を胸に、故郷のためになにができるかを模索していた時でした。

「オーストラリアから帰国してすぐ、たまたま訪れたオーガニック関連のイベントで阿波藍のブースを見つけたのがきっかけです。抗菌や防虫といった効用から歴史まで、藍のことをいろいろ教えていただいて、日本にもこんなすごい人たちがいるんだと感動して。最後に名刺をもらったら、僕の地元の徳島県海陽町にある会社だったんです。それですぐに地元に戻って、藍の栽培や染色を担当するようになり、藍染の知識と技術を深めていきました」

永原レキの写真
徳島県は日本一の藍の生産地。in Between Bluesでは藍の葉を発酵させた蒅に、日本酒や灰汁などを混ぜた染料を用いる「灰汁発酵建て」という伝統技法を採用しています。
ペンとデザインの写真
見る見るうちに深い藍色に染まっていく一枚の布。下半分を濃く染め上げたデザインは、
まるでサーフボードにつかまって海面に浮かびながら、波待ちをしている時に目にする水平線のように
も見えます。
永原レキの写真

徳島が誇る伝統文化のひとつである阿波藍を後世に伝え、世界へ発信していくために、永原さんが基盤として考えているのがサーフカルチャー。現在は、そんなふたつの文化をつなぐプロダクトづくりを行う藍染スタジオ&カフェ「in Between Blues(イン・ビトゥイーン・ブルース)」を経営しています。

「僕が暮らす海陽町はもともと藍の産地ではなく、またサーフィンと藍もまったく異色な文化のように思われるかもしれません。でも、藍色の海と空のはざまで自然と触れ合いながら楽しむサーフィンは、自然にも人にも優しい天然藍文化に深く通じます」

阿波藍を日本各地に広めたのは、廻船問屋や船大工、林業が支えてきた海の流通網。海と山に恵まれた徳島南部も、当時は阿波藍産業の振興に少なからず関わっていたはず、と永原さん。

海陽町を流れる海部川(かいふがわ)の河口あたりは、関西エリアでは有名なサーフィンの聖地。「日本には他にも有名なサーフスポットがあるけれど、海部川にはダムがなく水が本当にきれいで、この山と海の間に位置する河口に身を置くと本当に気持ちがいいんです」と永原さん。

「実はプロサーファーだった父親が家を出て行ってしまった経験から、子どもの頃はサーフィンが嫌いだったし、海で遊ぶのも嫌だったんです。でも、14歳の時に同級生がサーフィンを始めたので僕も仕方なくやってみたら、めちゃくちゃ楽しかった。波に乗った瞬間、父親や海を拒んだり避けたりする気持ちがフワッとなくなったんです。海には、さまざまなものをつなぐ不思議な力があるのかもしれないですね」

海陽町にはサーフィンの聖地と呼ばれるスポットがあり、穏やかな気候とよい波を求めて移住してくるサーファーも少なくありません。そんな環境もまた故郷の魅力であると考えて、国内外から人を呼び込み、海だけでなく故郷の歴史や文化にも深く触れるきっかけをつくっていきたいと永原さんは語ります。

PCページの永原レキの写真
SPページの永原レキの写真
水平線を眺めながら波を待っているかと思ったら、サッとボードに乗り、スイッと滑るように波に乗る。「子どもの頃は海が嫌いだったのに、波乗りにはそれを凌駕する楽しさがあったんです」
アサヒスタイルフリーの写真
「爽快で飲みやすい。でも麦の香りもしっかり感じますね」と、海を眺めな
がら喉を鳴らして「アサヒ スタイルフリー<生>」を飲み干す永原さん。

波乗りのあとや昼間に飲みたい、
爽快な味わい。

そんな永原さんに「アサヒ スタイルフリー<生>」を飲んだ感想を聞くと、「昼間に飲みたくなりますね!すごく爽やかだから、ゴクゴク飲めそうです。波乗りしたあとの一息つく時にもよいかも」と好印象。

発泡酒は味が薄い……。そんなイメージがあったからか、どうせ飲むならといままではビールを選んでいたとのことでしたが、「飲みやすいけれど、麦の香りもしっかり感じます。しかも糖質ゼロ。お酒を飲むのは好きですが、正直言うと糖質は抑えたいので嬉しいですね」。

日本の伝統的な藍染技法を後世に継承していこうとする工房の前には、藍色の海。海と空の境界をまっすぐに描き出す水平線の向こうは、世界へとつながっています。

糖質ゼロはそのままに、さらに麦の使用量をアップすることに成功した「アサヒ スタイルフリー<生>」。お酒も人生もスマートに楽しみたい人にフィットするビール類です。

「最近は多数のプロジェクトに関わっているおかげで、いろんな業種の方とお会いして、一緒にお酒を飲む機会もたくさんあります。そんな時『アサヒ スタイルフリー<生>』なら、どんなシーンでもおいしく楽しむことができそうですね」

さまざまなチャレンジにスマートに取り組みながら、人をつなぎ、故郷の魅力を発信し続ける永原レキさん。「アサヒ スタイルフリー<生>」もまた、人々が集う場をつなぎ、会話を生む存在となってくれるでしょう。

写真:岡村昌宏(CROSSOVER) 文:吉田 桂

永原レキの写真

永原 レキLEKI NAGAHARA

1982年、徳島県生まれ。千葉県城西国際大学在学中に全日本学生サーフィン選手権大会で「個人/団体」日本一を達成し、卒業後は国内外でサーフィンと音楽、アートを学ぶ。2010年に徳島県海陽町へUターンし、地元縫製会社で藍染商品の染色や広報を担当。17年には、故郷の伝統文化とサーフカルチャーをつなぐ藍染スタジオ&カフェ「in Between Blues」を設立。

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