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名古屋メシ
名古屋メシ徹底解明その歴史と魅力を匠に聞く!

ここ地元・名古屋が発祥となった人気グルメ「名古屋メシ」。巷で聞くことが多くなったこの食べ物をみなさんはどれくらい知っていますか? ここではこの「名古屋メシ」に隠された、たくさんの魅力やポイントを教わるため、その品を詳しく知る著名人へインタビューしていきます。 第二弾の今回は、見た目も味わいも贅沢なひつまぶし。名古屋が誇るその味とスタイルの生みの親と言われ、全国から訪れる人々の行列が絶えない老舗、名古屋で4店舗をかまえる「あつた蓬莱軒」女将の鈴木詔子さんにお話を伺いました。

名古屋メシといえば必ず連想されるこの「ひつまぶし」。 “あつた蓬莱軒さん=ひつまぶし”というイメージも無きにしもあらずですね!まず「ひつまぶし」という料理の原点、誕生について聞かせて下さい。

鈴木:私共の店は明治6年、熱田神宮近くに創業致しました。熱田という所はその頃から鶏(かしわ)をはじめ鰻も名物だったんです。ですから料亭として立ち上げた『あつた蓬莱軒』も、創業当時からお品書きの一つとして鰻料理を出しておりました。 またここは宿場の名残りもあり、とても賑やかな町でした。映画館や喫茶店、お茶屋などがたくさんあって栄えていたので出前で“鰻丼”がよく出たんです。その頃の器は陶器で、出前持ちは行きは上手に運びましたが、しかし今のように車なども無く、高下駄なども履いていた時代なので、帰りはガラガラと持ち、よく割ってきたそうなんです。 これは困ったと二代目当主の甚三郎が頭を悩ませていた明治中頃、お梅さんというとても頭の良い仲居頭が、「陶器だと割れるのでお櫃(ひつ)で持っていったらいかがでしょう?」と提案しました。それで一度やってみようという話になったわけです。

ここでお櫃の登場ですね!でも、鰻が細かくなったのは…?

鈴木:最初は三、四人前の鰻丼をお櫃に入れていました。するとお客様が先に鰻の蒲焼きのかたまりだけを取っていってしまうんです。これはいけないとまた悩んでいた時、お梅さんが言いました。「鰻を細かくしてお櫃の中でまぶしては? それをお茶碗によそって皆に平等にいくようにしてはいかがですか?」って。

なるほど、そのような流れがあったわけですね!

鈴木:そうです。こうして、お櫃に細かく切った鰻と御飯をぎっしり詰めて、中で“混ぜて=まぶして”食べて頂くということで、「ひつまぶし」と名付けられたんです。

そうだったんですか! ずっと気になっていた有名な名物の誕生と名前の由来がやっと明らかになりました! そうすると、特徴の一つでもあるあの食べ方にも何か由来があるのですか?

鈴木:うちは料亭でしたので、お食事の最後にひつまぶしを一膳ずつお客様に召し上がって頂いていました。するとそれがすごく好評で! そして、名古屋の人は食事の〆によくお茶漬けを食べるということもあり応用してみたんです。始めはお茶をかけていたものの少し生臭みが残るということもあり、考えたのが鰻の脂と合う鰹ベースのお出しです。また薬味も試行錯誤の末、現在の山葵・葱・海苔という組み合わせが生まれました。しかも薬味を添えただけでも美味しく頂けました。

ここからお茶漬けをはじめとする、3通りの食べ方が出来たわけですね!

鈴木:そうですね。現在はお一人分のお櫃ですからそれを十字に四等分して、最初はそのまま、二杯目は薬味のみ、三杯目はお出しでお茶漬け、最後は好きな食べ方、というお茶碗で一膳ずつ召し上がって頂くかたちです。これはもうこの料理特有の食べ方ですね。

これらの食べ方はもちろん、細く切られた鰻やお櫃自体など様々な特色があいまって、今では誰もが知る名古屋名物になったんですね。

鈴木:はい。また5mm幅位に切った鰻が結果、小さなお子様からお年寄りまで皆が食べやすく、お茶漬けにしてもサラリと頂けたということが要因だったのかもしれません。お櫃から自分で盛付けられるのも手軽ですし、一膳だけでも愉しめるのでご家族で分けたり皆で食べ合えるのも良かったのかと思います。

老若男女問わず幅広く受け入れられていたのは今も昔も変わらないのですね。

鈴木:ええ。でもきっかけになったと考えられる時期があります。戦後すぐ熱田神宮の境内で出店を出したんですが、最初は会社帰りの方や常連さんが中心のカウンターとお座敷のみの店でした。流行ってはいましたが店の未来を考えた私の主人が、「子供や女性、参拝のお客様などももっと大事にしていこう。」と小上がり(※)を作ったり営業日を増やしたりと誰もが入りやすい店に変えたんです。それによりひつまぶしをより皆様に愉しんで頂く機会が増え、口伝えでも広がっていったと思います。

またそれもおいしい鰻の味があってこそでしょう。『あつた蓬莱軒』さんの味のこだわりとはどうゆうところでしょうか?また、タレは創業から135年注ぎ足していらっしゃるとか!?

鈴木:名古屋独特の濃いめでありながらもくどくない独特のこのタレは、板場にも作り方は教えず、戦争や災害があっても代々守り続けてきた命のタレです。今は4店舗、4つの甕がありますから少し安全ですけどね(笑)。こだわりを申しますと、味自体はもちろん、“味を変えない”ということを大切にしていること。きっちりお出ししてきた変わらぬ独特の味というものをずっと守ってきましたし、これからも守っていきたいと願っています。

そのこだわりのタレ、焼き方、食べ方の全てが絶妙なバランスなのですね。

蒸して柔らかい鰻を出す東京などとは調理法も全然違いますが、そちらからのお客様の多くも、このひつまぶしを召し上がって「美味しい」と感動してくださいます。

そうしてリピーターになった方や噂を聞いた日本全国の多くの人々が訪れるのですね。時間帯によっては2、3時間待ちもあるとか。早速先ほど長い列を見掛けました!

外国からもいらっしゃいます。西洋の方達は鰻や川魚が苦手だったはずなんですが、今は皆さん「ひつまぶし」をお茶漬けまで召し上がります(笑)。日本の方でも、鰻嫌いだった方が「ひつまぶし」だと召し上がれたという声を聞きますと本当に嬉しいです。

では最後に、この「ひつまぶし」が多くの場所で名前を聞く有名料理となったこの現状のなか、インタビューをご覧になっている方々へ一言頂けますでしょうか。

このように、今「ひつまぶし」が誰もがご存知なほど広まってきていることを大変嬉しく思います。だからこそ是非お越しになって一度味わって頂きたい料理です。名古屋の食文化のため、またお客様の喜びのためにも、本当に美味しいものを召し上がって頂けるお店でありたいと思います。そしてこれからも、このひつまぶしが名古屋を代表する名物料理として多くの皆様に愉しんで頂けたらと願っております。

※小上がり…小料理屋などで、土間の続きに仕切りなどをして設けた座敷。

いかがだったでしょうか。ある仲居頭さんの発想から生まれ、象徴される名前や特徴ある食べ方で皆に広まり、もっと大勢に愉しんでもらいたいという熱い思いからここまで多くの人々に愛される料理となったのですね。さぁ今夜は「ひつまぶし」とスーパードライで、ちょっぴり贅沢な夜を味わってみませんか?

すべては、お客様の「うまい」のために

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