*Firefox最新版をご利用のお客様へ* ページの背景画像が正しく表示されない場合、こちらをクリックお願いします。

 

新潟県

地域・お店・工場見学トップへ

  • 北関東・甲信越
  • 茨城県
  • 栃木県
  • 群馬県
  • 新潟県
  • 長野県

Toyama Shuzo Prize 2016 : Report 第6回 外山脩造賞 授賞式レポート2016

新潟県長岡市の産業の発展に貢献した企業・団体・個人を表彰するために2011年からスタートとした「外山脩造賞」受賞式が2016年9月25日(日)に開催されました。

「外山脩造(とやま しゅうぞう)賞」とは、新潟県長岡市の産業の発展に貢献した企業・団体・個人を表彰するため、長岡市出身の明治の偉大な企業家、外山脩造にちなんで2011年に設立された賞です。

外山脩造は、幕末から明治にかけて、大阪麦酒会社(現アサヒビール株式会社)をはじめとして、電気鉄道、ガス、銀行など数々の事業を設立し、関西財界の礎を築いた人物です。
アサヒビール株式会社新潟支社は、前身である大阪麦酒会社の創立委員であった外山脩造が長岡市(栃尾地区)出身であることから、会社創設者を生んだ長岡の地と長岡の皆様に感謝を込めて、この賞を設立するに至りました。

本年の「外山脩造賞」授賞式は、「にいがた・技のにぎわいフェスタ2016」内で開催され、多くの方々にご来場いただきました。

授賞式

本年の授賞式は、アサヒビール新潟支社長 吉村肇統(よしむら ただのり)の挨拶からはじまり、続いて本年度の受賞者である株式会社丸栄機械製作所 代表取締役会長である「岡部福松(おかべ ふくまつ)」様が発表されました。

授賞式では、アサヒビール新潟支社長 吉村より、岡部様に「工作機械メーカー(株)丸栄機械製作所の社長、会長として地域工業会の発展に貢献するだけでなく、長岡鉄工業青年研究会の発足に尽力し、初代会長として、会員相互の情報交換の場に留まらず、屑鉄募金や工作教室などの活動を通じて、社会貢献も果たしてきた」、また「自社工場の機械設備や材料を提供する『匠の駅』を開設し、ものづくりを志す若者たちの指導に尽力し続けている」として、賞状と記念の盾、そして副賞の賞金が贈られました。
また、来賓として高見真二(たかみ しんじ)長岡市副市長も登壇し祝辞を述べられ、岡部様に対し、その功績を高く称えられました。

岡部様のご挨拶では、外山脩造賞受賞に対する感謝のお言葉とともに、長岡の子供たちが将来、長岡の発展のために働いてくれたら嬉しい」などと語られました。

表彰式 吉村支社長−岡部様
表彰式 吉村支社長
来賓挨拶 長岡市 高見副市長
表彰式 岡部様 ご挨拶
最後に

大盛況の中で本年も多くの皆様に「外山脩造」を知っていただき、一緒にお祝いをしていただくことができました。当日の運営に関わっていただきました長岡市商工部工業振興課様ならびに、にいがた・技のにぎわいフェスタ実行委員会様、そしてご来場くださった多くの皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

アサヒビール株式会社 新潟支社は、「外山脩造賞」をはじめ、今後とも地元新潟県、そして長岡市の皆様に愛される企業となるため、引き続き地域貢献の取り組みを進めてまいります。

以上

日本近代ビール産業の
先駆者
外山脩造
大阪麦酒会社
(現アサヒビール)創立委員、
元日本銀行大阪支店長
【天保13年(1842)】
越後国小貫村(長岡市小貫)の庄屋の長男として生まれる。幼名は寅太。

【安政6年頃(1859)】
後の長岡藩家老、河井継之助と出会い、人生の師と仰ぐ。
【慶応4年(1868)】
戊辰戦争勃発。会津へ逃れる途中、
河井継之助没す。
臨終の床に脩造を呼び、「おみしゃんは商人へなりやい」と遺言。
【明治6年(1873)】
大蔵省に出仕。
【明治12年(1879)】
第三十二国立銀行の経営立て直しに着手。三年で立て直す。
【明治15年(1882)】
手腕が認められ、初代日本銀行大阪支店長に任命される。
【明治20年頃(1887)】
欧米を精力的に視察。帰国後、電気鉄道、ガス、造船、銀行など数々の事業を設立。
【明治20年(1887)】
大阪の酒造業鳥井駒吉らと共に純国産ビールづくりへ動き出す。
【明治22年(1889)】
有限責任大阪麦酒会社設立。
【明治24年(1891)】
吹田村醸造所完成、稼働開始。
【明治25年(1892)】
アサヒビール発売。半年後には製造が追いつかないほどの人気に。

ページ上部へ