• はい
  • いいえ

北関東・甲信越 

群馬県

地域・お店・工場見学トップへ

  • 北関東・甲信越
  • 茨城県
  • 栃木県
  • 群馬県
  • 新潟県
  • 長野県

好きになってぐんま!群馬県内の市町村、団体の取組みや歴史をご紹介!
第2回 もっと知ろう!私たちの前橋まちなか

今から110年前、明治33年(1900年)石原和三郎の「上野唱歌」で
まず前橋を尋ねれば 群馬県庁 裁判所
師範学校 中学校 勢多郡役所もここにあり
商業盛に土地繁華 生糸の取引とりわけて
四九の市日のにぎわしく 国中一の都会なり
と前橋の様子は謡われています。

このように謡われるほど、前橋の繁栄はめざましかったようです。
中でも上質な上州生糸(束ねた生糸・さげ糸)は、当時のロンドンで「マエバシ」と
呼ばれるほど評判が高かったといいます。
製品のネーミングで私たちの市名が世界に広がっていたなんて、とても素敵ですね。
今回は当時の前橋まちなかの一部分を紹介していきます。

開業121年! 前橋停車場
(現:前橋駅)

明治22年(1889年)11月20日、前橋停車場(現:前橋駅)が開業されました。
1世紀以上もの間、市民の生活や県外来客および物流の玄関として「存在」しています。
明治30(1897)年代、前橋は関東の繭の大集散地であったため発着便にて麦・米・繭・生糸・木材・肥料・石炭などを扱っていました。
現在の駅舎は4代目。これまでに様々な改築がなされ現在の親しみやすい駅舎が完成したのですね。

柳座。
100年前は前橋で歌舞伎が見れました!

明治21(1888)年に再建された芝居小屋、愛宕座は歌舞伎や浪花節・琵琶歌などを上演する劇場でした。その後愛宕座は買収され、明治35・36(1902・1903)年頃に柳座と改称されました。
昭和4(1929)年6月には「文芸と音楽の夕べ」が開催され、竹久夢二などが出演しました。この時夢二は自作の宵待草を披露したようです。
柳座は、明治・大正・昭和と長く市民に親しまれた劇場であったようですね。
前橋で歌舞伎などが見られたなんて、ちょっと羨ましいですね。

明治末期〜大正にかけて全国屈指の製糸工場!
交水社

前橋の製糸会社の多くは、旧前橋藩士が創立しました。その一つである広瀬組は明治10(1877)年に創立、明治11(1878)年に交水社と改称しました。
交水社は富岡製糸場のように一つの工場に工女を集めて器械製糸を行うのではなく、個々の中小会社の合同体であり、当初は会社ごとに養蚕農家から座繰り糸を集め、それを揚げ返しの工程を共有し品質管理するための会社でありました。
当時の製糸業界は浮沈の激しい業界であり、幾多の工場が倒産していった中、昭和8(1933)年時点で明治30(1897)年以前創業の工場は交水社だけでありました。
一時は従業員が約5,000人もいたそうです。
日本屈指の会社が前橋にあったことは、とても誇りですね。

まちなか楽食

まちなかの飲食店の魅力をご紹介
>>「まちなか楽食」とは? ※前橋市オフィシャルサイトへリンクします

すべては、お客様の「うまい」のために

お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。
妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります。
ほどよく、楽しく、いいお酒。のんだあとはリサイクル。