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デリカート Americaa(アメリカ)

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すべてのワインに最高のヴァリュー 品質にこだわり続けるカリフォルニアワイン

デリカート・ファミリー・ヴィンヤーズは、2001年と2002年 のインターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティションにおいて2年連続で「US WINE PRODUCER of THE YEAR(US・ワイン・プロデューサー・オブ・ザ・イヤー)」を受賞した実力派のワイナリーです。2001年にはこの賞とともに6つのメダルを獲得。さらに翌年2002年には、同コンペティションにおいて11のメダルを獲得するという快挙を成し遂げ、単一の畑において3つの推薦を得ることになりました。それは、ブランドワインの生産に本格的に乗り出してから10年にも満たない間の躍進で、まさにカリフォルニアワイン界の新星といった趣があります。しかしその陰には、確かなぶどう栽培技術と、研究を重ねてきた醸造技術の歴史があるのです。
創業者はガスペアー・インデリカート。1924年にカリフォルニアのローダイの地に、故郷であるイタリア・シチリア島と同じ気候と土壌を感じ、ぶどうを植えたのが始まりです。時はちょうど禁酒法施行の真っ只中でしたが、ガスペアーの育てる素晴らしい品質のぶどうは数年のうちに評判となり、自家製ワイン用として重宝がられ、遠くは東海岸まで運ばれていたといいます。しかし、1929年の世界大恐慌に見舞われた後、ホームワインメーカーがワインの生産量を減らすとともに品質が劣る低価格のぶどうを購入するようになり、ぶどうの販売が激減したために、禁酒法が撤廃された1935年、ガスペアーは自らワインを生産することを決め、最初のヴィンテージを生産しました。
やがて、ぶどうを知り尽くす、優れた栽培家の手によるワインのすばらしさは、他の生産者に知られるところとなり、自分たちのブランドで販売するワインの製造を求められるようになりました。その需要に応えるために、ぶどう園は徐々に規模が拡大、3人の息子もぶどう作りに携わるようになり、1970年代にインデリカート家の事業は大きく成長したのです。ぶどうの契約農家として、またワイン醸造所として、デリカート・ファミリー・ヴィンヤーズの名は浸透し、そのワインはナパやソノマを中心とするカリフォルニアのワイナリーへ卸されていきました。
巨大なワイン企業が台頭するなか、デリカート・ファミリー・ヴィンヤーズは、その品質と技術を守るため家族経営を続けてきました。そして「必ず近い将来にヴァリュー(価値)が評価される時代が到来する」と考え、1988年には、カリフォルニア沿岸で冷涼な気候をもつモントレー・カウンティの単一畑では世界最大といわれる“サン・バナーベ・ヴィンヤード”を、さらに1995年にはローダイ近辺の“クレイ・ステーション・ヴィンヤード”を入手しました。
優れたぶどうを栽培し、それをワインに仕上げるというサービスが、その事業の80%を占めるデリカート・ファミリー・ヴィンヤーズにおいて、自らのブランドワインの歴史は決して古くはありません。しかし、自社ブランド商品に力を入れるようになった1994年以降、デリカート・ファミリー・ヴィンヤーズのブランドワインは10年もたたないうちにその実力を世界で認められるまでになりました。これまでの長い歴史が培ってきた、優れたぶどう栽培技術と、そのぶどうの魅力を最大限に引き出す醸造技術が、急速に花開いたのです。
デリカート・ファミリー・ヴィンヤーズの主力ブランド「デリカート」は、ローダイにある“クレイ・ステーション・ヴィンヤード”とその周辺のぶどうから造られています。ここは、小石が混ざり合う水はけの良い土壌をもち、霧や風の影響を受けて昼夜の寒暖差が大きくなる気候のため、甘味と酸味がほどよく調和したぶどうを実らせます。このぶどうから造られる「デリカート」は、抑えた価格帯でありながら、最高の品質を有するヴァラエタルワインです。その印象的なブルーのラベルは“True Blue”と呼ばれ、日々楽しめるデイリーワインとして常にクラス最高の品質を約束する象徴となっています。いきいきとした果実味が前面に押し出された共通の特長をもち、それぞれのぶどう品種の良さが引き出された、親しみやすいスタイルのワインに仕上げられています。

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