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アサヒ樽生のこれまでの歩みと、現在アサヒビールがお店とともに取り組んでいる 活動についてご紹介します。
アサヒ樽生の歴史と活動
アサヒ樽生の歴史
アサヒビールの前身である大阪麦酒会社が設立されたのは、明治22(1889)年のことでした。明治25(1892)年5月には、アサヒビールが発売され、日本のビール産業は最初の興隆期を迎えました。明治30(1897)年には、日本で最初の本格的なビヤホールとして、大阪・中之島に「アサヒ軒」がオープンし、ジョッキを片手にビールを楽しむお客様で大盛況となりました。

アサヒビールでは、明治25年の発売開始当時から、お店へのビール出荷に、木製のビヤ樽を使用してきました。このビヤ樽は、年輪が密で節がなく、木目のまっすぐ通った最高品質のナラ材を厳選し、それを組み合わせて、鉄のタガで締めて作られていました。
木製のビヤ樽はその取扱いがたいへん難しく、高い技術が必要でした。そこで、昭和32(1957)年頃からは、木製のビヤ樽から、より機密性の高いアルミ樽に切り替えられるようになりました。このアルミ樽は、アルミ製の内樽とナラ材の外樽を組み合わせたものでした。

昭和44(1969)年からはステンレス製のミニタンクが、また、昭和46(1971)年からは、サンケイステンレス樽も使用されるようになりました。

昭和54(1979)年の4月には、樽の上部にそのままドラフトコックを取り付けられるようにした「アサヒ生ビール10リットル樽」と、ビヤクーラーとドラフトコックが一体になった「10リットル樽 ビヤクーラー」が発売され、人気を博しました。このように、樽生ビールはより多くの人に使いやすく、また、高い品質が保てるように改良が加えられ、時代とともに進化してきました。

昭和62(1987)年、ビール業界に大きな変革が起こります。3月に発売された日本初の辛口生ビール「アサヒスーパードライ」が大ヒット商品となったのです。「アサヒスーパードライ」はビール通のお客様から大歓迎を受けただけでなく、ビヤホールや居酒屋など、ビールが飲める女性を呼び込む起爆剤となりました。

日本ビール史上最大の人気ブランドとなった「アサヒスーパードライ」。「どこのお店でも、このうまさを同じように味わいたい」というお客様の声にお答えするため、アサヒビールでは「うまい!樽生ビール」の開発に取り組んできました。現在、「アサヒスーパードライ」をはじめとする樽生ビールは、全国28万店以上のお店で、その「うまい!」を味わっていただくことができます。

すべてのお客様に「うまい!樽生ビール」を飲んでいただくことがアサヒビールの願いです。アサヒビールでは、樽生ビールに厳しい品質管理を徹底し、「うまい!」のための挑戦を続けています。

すべては、お客様の「うまい」のために

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妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります。
ほどよく、楽しく、いいお酒。のんだあとはリサイクル。