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ハピ研についてハッピーダイアログ | 注目!の30代が先達をたずね未来をさぐる
「しあわせに はたらく」をテーマにお送りしている今回のハッピーダイアログ。連載の締めくくりとなる3回目は、テンプスタッフ代表取締役社長、篠原欣子さんの単独インタビューを掲載します。前回の特別授業で対談したママジョブの斎藤あや子さんらとの対話の中で、ハピ研が気になったキーワードをいくつかピックアップ。インタビューの前半では、それらを深堀りする形でお話を聞きました。さらに後半では篠原さんが考える「しあわせに はたらく」の意味についてじっくりと語っていただきました。人材派遣業のトップが考える「幸せ観」から、この不況を乗り切るヒントが見出せるかもしれません。
余計なことは考えず
ただただ逃げずに頑張ってきただけ。
先日はハピ研の特別授業に参加していただき、ありがとうございました。若い女性経営者である斎藤さんとお話になって、どんな感想を持ちましたか?
ママジョブの斎藤さんにしても、シブヤ大学の小倉さんにしても、本当に頑張っていらっしゃるなとの印象を持ちました。仕事柄、たくさんの若い女性と話をする機会がたくさんある立場ですが、本当に感心させられましたね。それと、会場にいらっしゃる方も真面目な方が多くてびっくり。質問を受けた際、女性の生き方や働く意味について問いかけられて、みなさんの真剣さがひしひしと伝わってきました。実は私、どちらかというと流れにおもむくままに生きてきた方ですので、正直なところ、仕事の意味についてあまり深く考えてきたことがなかったんです (笑) だから、きちんとしたお応えができなかったかもしれません。ただ、余計なことを考えずに、一生懸命に生きて、目の前のことから逃げずに頑張る。その姿勢を貫き通してきたことが、今の私につながっていますし、その点が授業に参加された皆さんに少しでも伝われば幸いです。
特別授業の篠原さんのお話しの中で、いくつか印象に残ったものがありました。まず、「海外で仕事をされていたときに、外国人女性が生き生きと働いている様子を見て“びっくり仰天”した」とお話しされていましたが、どんな点に一番驚かれたのですか?
まさにすべてが“びっくり仰天”だったんです(笑) 70年代からオーストラリアには女性の部長がいて、生き生きと仕事に取り組んでいました。まだ女性の社会進出が難しかった日本社会から見れば、まさにカルチャーショックでした。一方で、レディーファーストの文化ですから、女性がとても尊重されることにも驚きました。たとえば、部屋に入ろうとしたとき、たまたますれ違った社長が扉を開けてくれたり。車に乗り込もうとしたら、5歳のお子さんがわざわざドアを開けてくれることも・・・。女性が能動的に働くチャンスがあって、しかも大切に扱ってくれるのですから、まったく違う世界にやってきたかのような感覚だったように記憶しています。また、派遣ビジネスに出会ったのもオーストラリアでのこと。ある日、部長が休みを取ったのですが、どこからともなく代わりの女性がやってきて、テキパキと仕事を片付けて颯爽と帰っていったんです。「あれは誰?」と周りに聞いたら、派遣という仕事があることを初めて知ったんです。そこで派遣会社の社長に話を聞きにいったんですが、そのときは単純に興味があって面会しただけの話。帰国後にまさか自分が派遣会社の社長になるとは、その時には夢にも思っていませんでしたけど。
日本の女性の社会進出には、
派遣会社が大きく貢献したと思う。
お母さんの存在があったから「女性が仕事をするのがごく自然のこと、という感覚が染み付いていた」とお話しされていました。働くお母さんを間近に見ていた少女時代、篠原さんはどんな夢(職業)を持っていたのでしょうか?
学生時代は英語が好きで勉強していましたが、具体的な夢は持っていなかったかもしれません。ただ、「いずれ自分も働くんだ」という感覚はどこかにあったように思います。助産婦であった母の働く姿を見て、何でも自分でやらないと生きていけないと思っていましたし、姉も学校の先生として働いていたので、女性が仕事を持つことが当然だと。また、一生懸命に働く母を「ステキだなぁ」と素直に感じていましたし、女性が働くことに悪いイメージはなかったですね。学校卒業後、三菱重工業に事務員として就職。でも、自分の好きなものを極めてみたいと思う気持ちが強くなって、数年後に退職。そして英語を勉強するため、新橋の英語教室に通うようになったんです。それがきっかけで、次第に海外に対する気持ちが高まり、30歳ぐらいのときにヨーロッパに留学をすることにしたんです。「30代でよく行ったね」といわれますが、不思議と私自身は年齢についてまったく意識していなかったんです。行きたいと思ったから、行動しただけ。実は会社を作ったときも、「作ってみようかなぁ」という軽い気持ちでスタート。考える前に行動しちゃうのは、昔からの習慣でしょうか(笑) 留学時代はフランスやドイツ、アラブ諸国など文化の異なる人びととの接点があって、自分の考え方の幅が大きく広がりましたね。今、外国人の雇用などにも取り組んでいますが、アレルギーが全くないのは、そのときの経験が生きているのだと思います。
「30年前、女性は結婚したら家庭に入ることが常識」とお話しされていましたが、今日のように女性の社会進出が増えてきた一番の要因(ターニングポイント)はどこにあったのでしょうか?
男女共同参画への国の推進もありますが、派遣会社の存在がとても大きかったのではないでしょうか。例えば、旦那さんが不在の朝10時から夕方4時まで働くというスタイルは、昔では不可能だと思われていました。でも、実際に私たちが営業をかけてみると、そういう不規則な勤務体系であっても「能力がある女性がいるなら、ぜひ受け入れたい!」という会社が意外に多いことに気がついたんです。「働きたい」という女性が出始めた70年代、私たち人材派遣会社がそのチャンスを広げるために少なからず貢献したのではないか、と自負しています。そして、現在も女性のニーズに応えようと、いろんな取り組みにチャレンジしています。たとえば、昨今、保育園の不足が問題になっていますが、テンプスタッフでは2001年にグループ会社が保育園運営に乗り出しています。ちなみに、その保育園の企画を出したのは男性社員だったんですよ。テンプスタッフは女性主体の会社だと思われがちですが、男性、女性スタッフそれぞれに異なる特徴や良さがあるもの。大きな目標に向かっていく男性と、現実にしっかり対応していく女性。両者のバランスを上手に取っていけば、いい会社になり、いい家庭にもなるのだと思います。
今年8月に開催した特別授業「Happy Dialog deck〜未来の幸せを探る〜」の様子
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